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ケーアイ工業WebSite:環境ブログ

2010年06月14日

久しぶりの投稿!湖沼の定義を知る。

四月の上旬からず〜と空いてしまいました。
そろそろこのサイトのサーバ移転などを考え、ツイッターなどとの連携を視野に入れた情報発信を考えなければ取り残されそうな雰囲気ですね・・・
お盆までには何とかそうした作業を完了できれば良いのですが・・・
何ぶん、ブログのページ数が多くそれらをとっておきながらの移管というのは骨が折れそうです。

さて
ブログもつぶやきも根本的には更新しなければその役割、力は発揮されません。
どんな些細なことでも自分の感じたことなどを言葉として表現し、伝えていくことが
大切なのですね・・・あまり難しく考えず、初心に戻りやッていこうと思います。

ということで、
今回は、ず〜と勉強しているビオトープのテキストからこんな定義があったのか?!とうい
驚きを・・・
一般に「湖」「沼」「池」などの定義ってもの凄く漠然としている雰囲気がありました。
大きさで判断するならば「湖」とかはハッキリできたものですが、
「沼」と「池」って本当に曖昧なものですよね?

「湖」:最深部に沈水植物が生育しない
「沼」:最深部まで沈水植物が生育する
「沼沢」:一面に抽水植物が繁茂する
「池」:面積が小さいもの、特に人工的なもの

(出典:ビオトープ管理士養成講座テキストBIOTOP3 P.240 著作:人と自然の研究所)

沈水植物が一番深いところまで生育しているということはそこまで日が届くということで、
深さの状況を植物の視点で見ているということになる。
「池」というのは基本的に人工的に作られたものという認識でいいようだ・・・
「ため池」といはいうが「ため沼」とは言わないのはその為なのだろうか?

投稿者 サイト管理人 : 08:23 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2010年04月12日

「バイオ燃料 原料栽培から一貫で事業を始める」ことについて

4月6日の日経新聞
日揮と伊藤忠商事がフィリピンでサトウキビを原料とするバイオ燃料事業を始めるという記事がありました。
細かなことはわからないのですが、
意見を言わせて頂くならば、
結局、CO2だけに着目した発想だとこういうことになってしまうのだなぁ〜と思ったわけです。
確かに石油に代わるエネルギーとして植物を使う事は良いと思うのですが、ワザワザ外国で、しかもプランテーション方式でその土地を開発し生態系を壊してしまう・・・
そうした犠牲の上で自分たちのエネルギーを賄おうとしているやり方が、帝国主義のように見えてしまうのです。
一見、現地の人々も仕事にありつけて良いように見えますが、大半は搾取されているのではないでしょうか?
詳しいことを知らない立場なので、こうした批判をすることは良くありません。
しかし、こうした日本の誇る企業ならばこそ、ちがう方法をとれないのか?と
悔しい気持ちなのです。

同じお金をかけるのであれば、何故、国内で回せる仕組みを作ろうとしないのでしょうか?
今、国内は大学を卒業しても就職先が見つからないと言われています。
地域ごとに、環境に配慮したやり方でエネルギーを多少でも賄える仕組み作りができれば、
雇用を生み出すこともでき、他の国の自然環境を破壊することもなく、輸送に多くのエネルギーを使う事も無く、やっていけるのではないでしょうか?
結局、問題は何なのでしょうか?
・土地に対して人口が多すぎて全てを賄うことができないのかもしれない?
・あまり儲けられない?
・排出権取引など次につながる事業展開が見込めない?
持続可能な循環型の社会を作るには、大企業をあてにしては実現ができないのかもしれませんね?地域の個人個人が自らの認識を変えて、自然のルールを理解し、その範疇のなかでアイデアをだしていけるようにしなければならない。

投稿者 サイト管理人 : 20:43 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2010年03月15日

温暖化対策基本法案について思うこと

温暖化対策基本法案の要旨 温室効果ガス削減目標は、2020年までに1990年比25%減、全主要国が意欲的目標に温暖化対策基本法案の要旨は次の通り。

・温室効果ガス排出削減目標は、2020年までに1990年比25%削減。この目標は、すべての主要国が公平かつ実効的な地球温暖化防止の国際枠組みを構築し、意欲的な削減目標に合意したと認められる場合に設定する。50年までには、90年比80%を削減する。

・地球全体の排出量を50年までに少なくとも半減する目標を、すべての国と共有するよう努める。

・再生可能エネルギーは、20年に1次エネルギーの供給量の10%にすることを目標とする。

・温室効果ガスの国内排出量取引制度を創設。必要な法制上の措置を地球温暖化対策税と並行して検討、基本法施行後1年以内を目途に成案を得る。

・取引の排出限度の設定方法は、排出総量の限度を基本としつつ、生産量その他事業活動の規模を表す量の1単位当たり排出量を定める方法も検討する。

・原子力にかかる施策は、国民の理解と信頼を得て推進する。

・税制全体のグリーン化を推進、温暖化対策税は11年度実施に向け検討する。

・再生可能エネルギーで発電した電気の全量を電気事業者が一定の価格で調達する固定価格買い取り制度を創設する。

温暖化基本法は今後の日本の姿を描く上で、極めて重要なものであると思います。
何しろ、我々が生きていく上で欠かすことのできないエネルギーについての法律なのですから・・・排出量に課税されるとなれば産業界もかなりの変革をせまられることになるし、
産業構造自体が変わってくるのではないでしょうか?
しかし、温暖化ガスだけでの話だと私はイマイチ、ピンと来ない・・・
技術的な話に終始し、本質的な問題が無視されているような気がするからかもしれません。
私が本質的な問題としているのは、地球や自然の限界を無視した行き過ぎた人間の行為だと考えます。技術的な解決方法、イノベーションにのみ頼っていては、究極は宇宙に資源を求めることになり、エイリアンなんていう究極の外来生物が地球を征服してしまうという映画のようなことまで起こってしまう気がします。
我々はもっと地に足をつけた考え方を取り戻すことが重要なのではないでしょうか?
快適で便利な生活をエサにぶら下げられて、一部の人間だけが富を独占し(その割に幸せそうじゃ無い)、鼻先で追い回す馬のごとく搾取されていく状況が、まさに現在の世界の姿であり、グローバル化とは一部の価値観だけを押し付けるもので、その土地、その土地で作り上げられてきた多様な価値観や文化をすべて排除してしまう。その結果の世界はあらゆるもの(資源や物質循環、心の在り方まで)不均衡、アンバランスな状況になってしまったのではないでしょうか?
必要なことは地域独自の多様性を尊重することだと思います。
地形も気候も違う、その植生も違う、当然、くらす生物も異なる・・・このようにして地域地域で生態系はつくられ全く同じものなどない。その中の仲間として人間も存在し生きていくことが本来の人間性を保てる道なのかもしれない・・・と思ったりします。

国内での排出権取引に関しても「二酸化炭素」という一面的なモノ、視点でしか無いことが危険な気がします。投機の対象になるでしょうし、その為に逆に地域の多様性を壊してしまう恐れもあるのです!「温暖化対策」という法律よりも、もっと本質的な問題に対しての解決するための仕組みづくりを助けるようなものを法律としてバックアップしてほしい気がします。
基本的に、地域で作られたものは地域で循環する仕組みを作った方が、雇用も産まれるし、
地域社会がソフトとして充実すれば、行政だの民間だのと言わなくても地域内で助け合っていくことになり、結果として、公共サービスを維持するための負担も減る。無駄に物を作り無駄に買い物をしなくても良くなる。そこでくらす人は、自分たちの地域に対して無関心ではいられなくなるのです。・・・まるで社会主義国家のような話かもしれませんが、
こうした流れと技術開発、イノベーションをミックスさせていけば、本当の意味での民主主義が行なわれるのではないか?と思うのです。

たしかに再生可能エネルギーで発電した電力を買い取り制度にしてもらえれば、バイオマス資源を活用したビジネスモデルは成立するかもしれませんが、結局は、税金による補助が電力会社に支払われるようになる。それっておかしなことじゃないですか?電力会社に払う代わりに国に払うことになっただけじゃないですか?意味あるのかな?そういうことも考えてしまったりします。地域のことは地域で、自分たちの手で作っていく、回していく!そういう覚悟が必要なのかもしれません。

何か、派手なモノにあこがれ(人の意図に乗って、錯覚をおこし)、上ばかり見て歩いていないで、足下をしっかり踏みしめて、自分のくらしている地域に目を向けてみる。
人ごとだったが、本当は自分自身の問題だと気づくことが重要なのだと思います。
なんか、ズレてしまいましたが・・・
何にしろ、排出権取引や発電電力の買い取りなど、新たな動きが起きそうな要素があることに
注目しておかなければなりません。

投稿者 サイト管理人 : 17:53 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2010年02月24日

バイオマスを使用する際に考えること・・・難しさ

地域に存在している身近な資源をどのように活用していくか?
人をどのように関わりあわせつなげ、生活と密着して雇用を創出していくか?
グローバル化により振り回される日本の社会と疲弊していく地域、
食料やエネルギーの安全保障などなど・・・
今後、本気で考えなければならない課題ではないでしょうか。
温室効果ガスの時もそうですが、二酸化炭素のカーボンオフセットということで、
バイオディーゼルの原料を栽培するために原生の熱帯雨林を伐採して耕作地にするという本末転倒なことが実際に起こっています。
地球環境の問題を考えるとき、いちばんに実感させられることが「地球そのものの制約」ということです。グローバル化だと騒ぎ、石油を使いまくって自由になった気になっていますが、
本質的な問題は、その制約、地球のルールというものを無視した結果、この自然のシステムも、経済もバランスがとれない状況になっているのではないでしょうか?
過去に、二酸化炭素の吸収が他の植物よりも多いという理由で、外来の植物が有効だ!という話がありました。
竹は成長が早く本来厄介者です。しかしこれも二酸化炭素の固定の効果が高いことと、炭や繊維としての価値があるということで竹のプランテーションを作ったらどうだ?という話もあります。昔の人が自分の地域で使える自然を資源として利用しているという発想は良さそうですが、
自然のシステムをどちらも無視した発想のように思ってしまいます。
冒頭に書いたように、身近な資源をどのように活用していくか?
そしてそれらを有効に使い地域で回し雇用をつくり人もモノもお金も循環させていくか?
多面的、様々な視点を(人間の視点だけでなく)取り入れていくことが大切で
一面的な捉え、答えがだせないところに難しさがあるように思います。

投稿者 サイト管理人 : 11:47 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2010年02月22日

地産地消について考える。

地産地消とは?
その土地でできたものを、その土地の中で消費し、その土地の中でサイクルさせていく。
という意味の言葉だと理解しています。
最近(とは言ってもかなり前ですが)、色々なところで地産地消という言葉を聞きます。
しかし現在、この地産地消を純粋に計ることってできないのでは?と思います。
なぜなら、
その生産されるものに対して、使われるエネルギーや資源は純粋にその土地のものではない。からです。
石油はもちろん、材料も外から持って来ている状況を果たして地産地消と呼ぶべきか?と・・・
むしろ、純粋にその土地のものだけで作られているもので生産されたという意味よりも、
最終的に組み立てたり刈り取ったりした場所と消費された場所について語られる方がシックリくるのかもしれません。
ある企業は、「消費地生産」というものを揚げているらしいです。
内需は国内、外需は海外と分担して生産するというもの。
それぞれの土地のニーズに合わせた製品を生産していけるというメリットがあり、素早く対応できるということのようです。
栃木県で名物の「とちおとめ」を「地産地消の日」にキャノンの工場で販売をしたそうですが、
生産に対する知識があるわけではないので、語る資格はないと思いますが、冬に温室を作り、肥料なども外から持ち込んでいるものを「地産地消」を掲げていることに、私は違和感を感じたりします。このようにこの言葉はプロセスではなく、表面的な部分だけを表現している言葉なのかもしれません。
もっと効果的に「地産地消」を押し出すのであれば、エネルギーや肥料などを地域で賄える仕組みを作れば完璧なのに・・・と思います。
「とちおとめ」の場合、外に出す数が多いので「地消」ということにはならないかと思いますが、温室の燃料費を地域の森林を管理しながら、そのバイオマスをペレットなどにし、
肥料も雑木林から落ち葉を集め腐葉土として使用したりすることによって、自然を保全しながらの循環した仕組みが生まれます。現時点では石油依存型の仕組みの状況なので、採算はとれませんが、石油が高騰する状況になった場合、決して非現実的な話ではないと思います。
雇用も生まれ、付加価値も生まれ、地域の生物多様性も高められる・・・

地産地消は石油製品を使った場合、成立しないことばではないか?
というのが今の私の考えです。

投稿者 サイト管理人 : 17:47 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2010年02月18日

バンクーバーオリンピック会場の細部に見る文化(?)

バンクーバーオリンピックが始まった・・・と思いきやもう中盤にさしかかってしまっているのでしょうか?
連日、その白熱した模様がテレビで放送されています。
ビックリするのは会場の凄さ!
大きな屋内競技場(たしかスピードスケートの会場?)屋根の構造が木造になっているように見えます。
私の勝手な印象ですが、北国?・・・北欧などもそうですが、建物の部材を木材を使用している印象があります。
スウェーデンの片田舎の市民のスポーツセンターのような建物は大きなスパンをとばす時も、集成材を使い梁をつくり大空間を作っていました。今回のスケートの会場では細かい木組みでお椀のようなドームを作っているようでした。
いずれもその地域で育った木を使っているのでしょう・・・か?
そうした技術や知恵は、その地域の気候や風土の中を生き抜くために生み出されたものです。
地域の風土や環境などによって文化が生まれるのだと思います。
オリンピックはその国の文化を世界に見せるという場でもあります。
バンクーバーの都市をテレビでみることができた。とても住み易そうな印象。
あくまで上辺しかみれないですが、さわやかさを感じました。

もし、東京でオリンピックがまた開催されることになっていたら?と考えると・・・
日本は何を世界に対してみせるのか?
世界中から輸入し、世界から集めた材料で会場をつくることになります(リサイクルをメインに打ち出していましたが)。
日本で生み出されたものといえば、サブカルチャーやアンダーグランドから出てきたもの、それと過去の文化(昭和前期以前、現在のカタチと昔の文化が断絶しているようにも思われ、日本的な「美」というものがどこにあるのか?よく分からない状況のように思います)。
そして「技術」(何かあればすぐにこの言葉、いつか使えなくなってしまうのでは?・・・(汗))
「エコ」ということで、これからの都市のあり方を打ち出そうとしていましたが、
今の日本の状況では、少しそのコンセプトもズレている気がします。

まぁ〜とにかくオリンピック、そしてパラリンピックの選手のみなさんには精一杯自分の力を出し切ってほしい!と思います。

投稿者 サイト管理人 : 09:08 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2010年02月11日

自転車が壊れて気がついたこと

最近、自転車が流行っていると何処かで聞きました(多分、テレビで・・・)
エコや、健康志向の影響なのか、それとも一部で騒いでいるのか分かりませんが、
とにかく乗る人が増えているというのです。
この際だから、流行として終わらせるのではなく、定着させて更にもっと手軽に使用できるような仕組みを考えれば、無駄なエネルギーを使わずに移動ができたり、暮らし易い街ができたりするのでは?ということを前にここで書いた気がします。
それで、その「仕組み」ということで気がついてしまったことがあります。
私の自転車が壊れてしまいました。
後ろのタイヤのスポークが2本も折れていました・・・
まず思ったことが「あ〜ぁ〜これも寿命かな・・・」です。
悲しいかな自分も使い捨てる思考の持ち主になっていたのです。
それでもモッタイナイし、何年も使っているものだから愛着もあります。
そこでスポークは取り替えることができるってのを調べて、
某大手ショッピングセンターの自転車コーナーにスポークの部品がないか見ましたがありません・・・修理の料金表がありましたが、その中にスポーク折れ修理の項目はない・・・
その時、昔、よく自転車の修理をしてもらった町の自転車屋のおじさんの顔が目に浮かびました!便利になったとよく言っているけど、本当にそうなんだろうか?と・・・
自分が住んでいる田舎でも、こうした大型のショッピングセンターやフランチャイズ店ができて、昔からあった地元密着型の商店等が姿を消した・・・
ある程度のものはそろっているけど、それ以上のニーズには対応できていないし、その専門的な知識も技術もないのではないか?と・・・
そしてそのスポーク1、2本取り替える時間と労力を考えたら、1〜2万で新しい自転車が安く買える・・・
顧客志向というけれど、結果、大型店は自分たちが1番儲かるような仕組みになっているのではないかッッ!と気づいてしまいました。
これはあくまで自転車屋の話ですが、日本社会の状況であり、産業の空洞化、技術の衰退の縮図でもあると感じたワケです。
このままでいいのでしょうか?
そして本当に私たちの生活は便利になったのでしょうか?
もう一度、考えたいと思います。

投稿者 サイト管理人 : 06:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2010年02月03日

日本の森林を活かす!を考えるーーペレットの場合

日本は、国土の面積の67%が森林だと言われています。
しかし私たちが普段生活している中では、この森の多さを意識することはなく、
逆に、開発により伐採され、減っているイメージの方が強いのではないでしょうか?
現在の日本で問題となっているのは、森林が減っているということよりも、
どのように森林を持続的に活用していくか?ということだと思います。
よく目にするスギ林はかつて行なわれた植林政策によって使う筈のものが、
使われないで現在の荒廃した姿になってしまっている。
木を植えても生活の中で使う手だてを考えなければ、結局、管理すらできないで放置されてしまう状況なのです。
日本は使われないで眠っている資源が沢山あるのだと思います!
利用の手だては燃料として地産地消です。
燃料の高騰はあまり騒がれなくなりましたが、地味にジワジワと上がっている感じです。
このまま石油に依存していてよいのでしょうか?
人の手がつけられていない天然の森は保護しながら、いったん手の入った人工林を燃料資源として地域の中で活用する仕組みを考えるのが現実的だと思います。(ここでいう人工林はスギ林だけでなく、雑木も含めます)
とは言ったものの・・・どうすれば?
例えば地域の人工林からペレットを作ったとすると・・・
1シーズンに使うペレットの量が1.5トンだとすると、
木一本あたりどのくらいの量のペレットがとれるか?
よく分からないので、木の重さをのままをペレットの量とします。
種類によっても異なると思いますが、特に限定しません。
体積から
一本あたり20m×0.03㎡として材積を求め、それにスギの比重を0.4キログラムとして、それをかけることにします。
0.6立方メートルだから600リットルとなり、比重0.4キログラムをかけると・・・
およそ240キログラムということになります。
簡単にするのに250キログラムとしましょう!

1シーズンに1世帯が必要とする量を1.5トンとすると、およそ6本の木が必要ということになります。(あくまでスギ林ですが)

人口10万人の地域を支えるにはどのくらいの人工林が必要なのでしょうか?
10万人を4人を一世帯とすると2万5千世帯でペレットの量が約3万8千トンのペレットが必要になる。
1世帯あたり6本必要だとすると、15万本のスギ(ここではスギに限定)となります。
奥多摩では1ヘクタールあたり3000本を植えているそうなので、そのように設定すると、
50ヘクタールの人工林が必要ということになります。
それを持続可能な形で行なうとすれば、20年間を1サイクルと考えて伐採、植樹、管理という流れでそれぞれの場所を循環させます。
そうすると1000ヘクタールが必要ということになります。

那須塩原市の場合、
市の面積が59282ヘクタール
森林の面積がよく分からないのですが、
林野面積の総数が38669ヘクタールそのうち民有林で私有林が11469ヘクタール
私有林の1/10の面積があれば賄えることになります。
県営林が1760ヘクタールだから、そこそこ賄える(山奥だったら大変だけど)
また、地目別面積で山林となっている面積では8853ヘクタールとなっており
数字上では決して絵に描いた餅ではない・・・ハズですが・・・

理想としては、ただ単に燃料資源として木を見るのではなく、
人々が生活の中に自然との関わりを持つ方法としてできないか?と思っています。
ひと家族、毎年6本の木を植え、その木を家族が管理し、燃料として使っていく・・・
自然と生活が密接につながっていく・・・
燃料を石油に依存することなく、地域の資源を活用し、保全し、
地域の自然に関心を持つことができ、自分の住んでいる場所に対する認識や、感性を持つことを取り戻せるのではないか?
そうしたつながりを持ち、感性を持つことで、心も豊になれるのでは?と思うのでした。

投稿者 サイト管理人 : 17:45 | コメント (0)
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2010年01月26日

IPCCの報告書の誤りについて思うこと・・・

日本経済新聞の25日の記事で
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の地球温暖化に関する報告書の内容の誤りがあるという
ものがありました。

以前からこうした類の話は色々なところで言われており、その信憑性については疑問視されてるかと思います。
個人的に私は、このところの異常に加熱する温暖化報道にしても、正直違和感を覚えてしまっている状態です。
みんなが同じ方向を向いてしまい、熱くなっている中で、それとは反対の意見を許さないような風潮さえでている危険な状況も無くもない・・・その割には詳しいことは分かっていない。
一体、何が問題なのか?と聞かれると、温暖化すると色々と大変なことになる・・・程度の認識が本音ではないでしょうか?
(氷が溶けるとシロクマが暮らせる場所がなくなる・・・とか、ロクに分かってもいない人間が作ったイメージに乗っかってしまうことほど悲しさものはないのでは?)

温暖化の報告書が誤りにせよ、どちらにしても
これからは地球の限界や制約に目を向ける時代だということは変わりない!
それだけは間違いないと確信しています。

しかし低炭素社会を実現する!と各国で宣言しているのに、
今までの自然をナイガシロにしてきた路線と社会構造を踏襲しながらの持続不可能な「成長戦略」を相変わらず打ち立てていることが、よく分からない。
相変わらず、モノを作りまくって世界中に売りまくることしか聞こえてこない・・・
そうじゃない世界のあり方ってないのか?
そうでなければ世界は成り立たないってこと?(少々、青臭く聞こえるかもしれませんが)
ということは、どう転んでも破滅に向かっているってことでしょうか?
本気で考えなければならないのは「温暖化」ではなく、今の私たちの暮らしが何によって成り立っていて、それが今、どういうことを引き起こしているのか?ということで、
「温暖化」はその現象の一部にすぎず、暮らしを根本で支えているものに気づくことが大切ではないか?そして支えているものと共生する方法を本気で考えていかなければならないのではないか?と思っています。

投稿者 サイト管理人 : 18:02 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2010年01月19日

2010年がはじまり早くも20日

2010年
21世紀が始まり10年が経ち、色んな意味節目の年になる気がします。
世の中の動きがマスマス不安定になって行くようでとても恐ろしいです。
が、人類が進むべき道が問われているとても大切な時期です。
人ごとではなく、一人一人が考えて行動して行かなければならない時なのだと思います。
私は、正直、地球温暖化、とりわけ二酸化炭素を悪者と騒ぎ、煽りたてる報道に対して、何となく釈然としないというか、素直になれない自分を感じています。
問題の原因というか、本質的なところで、人間の行き過ぎた「欲望」をどうにかしなければ、解決の糸口すら見つからないことは一緒なのかもしれませんが、行き過ぎた報道やニュース、プロパガンダは反って本質を分かりずらくさせているようでもあり、また、それでまた、今までの「行き過ぎ欲望」路線を継承させようという意図も見えるところもあり、何とも難しい問題で、素直に御輿を担ぐ気にはなれません。
今年最初の一発目(最近更新はナカナカしていませんが)はそんな気持ちを代弁しているというか、もっと地に足をつけろ!と言ってくれて、現代人は本質的な部分を自分で感じて取り戻すことが大切だ!と言ってくれている本を紹介させて頂こうと思います。

「環境を知るとはどういうことか  流域思考のすすめ」
養老孟司
岸由二
PHP サイセンス・ワールド新書
という本です。

養老孟司さんの考え方は読んでいて、なんかスカッとします。
ウマく言えないのですが共感できる。

自然を体験し経験しながら育つことの重要性。そして現在の我々の育った環境。
人間の頭の中だけで作られた世界で育ってしまったことの危うさと
自然との隔絶した現実。
人間の頭だけ成り立っていた世界が崩壊した時、私たちはどのように自然という複雑なものと向き合って生きて行けばよいのでしょうか?

自然とふれあい、体験し探求し感じ考える機会を持つことが重要だ!と
そして身体的に自分の住んでいる地域をつかむことが、これからの最重要項目なのではないか!と思うのでした。
おすすめです。

投稿者 サイト管理人 : 21:37 | コメント (0) | トラックバック (0)
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2009年12月17日

エコプロダクツ2009レポート

弊社がエコプロダクツ展を毎年見続けて来て、早くも5年!
毎年、少しずつテーマが変わって来ているような気がします。
私個人が感じた大きな変化は、昨年から目立ってきた「生物多様性」という言葉が
かなり全面に出て来た気がします。
これは来年、日本の名古屋で生物多様性条約締約国会議(COP10)が行なわれるからなのか?
は分かりませんが、CO2(二酸化炭素)削減と同じくらいに会場では目につきました。
今まで、全く考えなかった自然の価値を見直す時期がようやく訪れたのかもしれません。

ecopro09-01.gif
とりあえず外から看板を一枚
絵をみると、持続可能らしき都市で楽しそうにしている人たちが見えます。

ecopro09-02.gif
入場口、受付の風景

続きを読む "エコプロダクツ2009レポート"

投稿者 サイト管理人 : 17:20 | コメント (1) | トラックバック (0)
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2009年12月08日

COP15開催で思うこと

国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)が7日から2週間、デンマークのコペンハーゲンで行なわれている。
ニュースなどでは、それぞれの国の思惑があり、足並みがそろってないと言っている。
しかし、近年のこの報道自体が異様にも思える・・・
これだけみんなで「温暖化!」「二酸化炭素!」と騒いでいる状況のなかで、
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書のデータを操作したという疑惑まで持ち上がっている・・・!

IPCCの情報が間違っていたとしても、そのこと自体が本当の問題なのだろうか?
と単純に疑問に思ってしまう。
問題を二酸化炭素にすり替えてしまい見えにくくなってしまっているが、もっと本質的なところで、この世界の状況の異様さを感じることの方が大切なのではないか?
気候変動が人為的に起こされた問題なのか?その是非を問うことよりも、
人類自体のあり方、この世界、社会のあり方自体がどうなのか?
「成長」とは一体なんなのか?を問うことが必要なのではないかと思うのでした。

投稿者 サイト管理人 : 06:20 | コメント (0) | トラックバック (0)
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  • 井田民男 さんからのコメント:

    記事:エコプロダクツ2009レポート
    についてのコメント

    近畿大学の井田です。ご紹介ありがとうございます。現在、経済産業省及び北海道経済産業局の委託事業、低炭素実証事業で産業・鉄鋼分野の低炭素化だけでなく、一次産業・農業での低炭素化事業に取り組んでいます。12/17に北海道下川町にてナニワ炉機研究所が開発したバイオコークス専焼ボイラーの1号機が完成し、冬季のトマト栽培を開始できることになりました。この成果により、2分野、鉄鋼・鋳造分野で20-30%、農業・加温ハウスで100%の二酸化炭素削減が実現できる技術が完成し、早期の市場への導入に向け、準備しています。このような取り組みが普及することを私どもも期待しております。


  • 丸山里枝子 さんからのコメント:

    記事:吉野家のリターナブル箸について思うこと
    についてのコメント

    勉強不足ですが、間伐材のお箸は高くつくのでしょうか?
    設備投資してまで「リターナブル箸」に切り替える理由が、一般庶民には理解出来ない。昔は「塗り箸」が普通に有ったような気がします。が、現状況においては、衛生的には感じない。環境学習をした方が良いと私も、同意権です。


  • 発泡スチロール リサイクル さんからのコメント:

    記事:誤解しがちな氷と海面上昇の関係・・・
    についてのコメント

    素晴らしいサイトですね!とても勉強になります。
    これからも楽しみにしています。